2.バイオロギングについて、もっと詳しく
Q.バイオロギングの一番の魅力は、どういった所でしょうか?
一人称視点(ビデオカメラロガーなど)や鳥瞰(GPSなど)など、多視点で動物行動を見られるところ。でも一番は、海の果てで動き回る動物を追跡するロマン、でしょうか。(依田)
動物の日々の生活を追体験できるところです(坂本)。
Q.研究内容を決める際にはどのような点を意識していますか?
動物に記録計を装着し回収できるかどうかを意識します。研究事例が過去に無い場合、記録計の装着・回収手法を考案できるかどうかも考えます(岩田)。
10年、20年、50年先を見るように心がけています(依田)。
何が新しいのか、面白いのか。(木村)
仕事としては、得られたデータがきちんと水産資源研究の役に立つか(奥山)。
出来るだけ本質的な課題に取り組むように心がけています(坂本)。
Q.バイオロギングだからこそできる、研究の強みは何でしょうか?
一個体から膨大なデータを得ることが出来る事です。ゲノム解析でも膨大なデータを得ることが出来ますが、バイオロギングの場合には時間とともに変化していく個体の様子が分かります。動物の人生(動物生?)の流れが分かるような気がします(坂本)。
Q.研究していて一番面白いと思うのは、どういうところですか?
動物の行動が理屈で説明できたとき。逆に、動物が理屈に合わない奇妙な行動をとったとき(依田)。
自分達しか知らない世界の秘密を知りえた時。でも、小さなことでもしょっ中「面白いなぁ」と思って過ごしている気がします。だから続けられているのかもしれません。(木村)
仮説を踏まえてバイオロギングデータを解析していて、グラフを出力した時に仮説通りのグラフが表示されていた時、一番高揚します。(奥山)
バラバラの現象が、すっきりシンプルに説明できると分かった時。全く予想外の現象を見つけた時(坂本)。
Q.研究をしていて特にやりがいを感じることはなんですか?
努力を重ねてきたことが実った時。動物や共同研究者の協力があって、初めて成り立つ研究なので、皆様の協力に報いると言う意味でも成果が出た時は嬉しいです(坂本)。
私は大自然のなかに身を置いている時に地球の一部になっていることを実感できるので、そのときにとてもやる気が湧いてきます。それがやりがいです。(上坂)
自身が面白いと思って出した成果が周りの人(共同研究者や一般の方)も面白いと感じてくれたときです。あと、動物と触れ合っているときもやりがいを感じます(岩田)。
坂本先生、岩田先生、上坂さんに御意です。共同研究者には、学生さんももちろん含まれます。今回質問を寄せてくれたような若い皆様の考え方や将来に、少しでも影響を与えられるかもと思うだけで、自分が生きてきて経験を積んだ意味が少しでもあったのかなと思い嬉しいです。(木村)
Q.バイオロギング研究の難しいところは何でしょうか?
動物を捕獲して、装置を装着する作業が必須なので、研究可能な動物種が限られていることです(坂本)。
Q.バイオロギングという研究手法に初めて出会った当時、どんな気持ちでしたか?
4年次に卒論を書くために国立極地研究所に修行に行き、バイオロギングに出会いました。当時は極地研とそこに関わる研究者だけが使っていた超マイナーな研究手法で、私も最初は「ふーんそういうものがあるのか」程度しか感じませんでした。その後、ちまちました解析が性に合っていたのか、バイオロギングの祖である極地研の内藤靖彦さんの熱意にほだされたのか、修士になる頃にはすっかりはまってしまいましたね。(依田)
「これだーっ」と思いました。(佐藤)
全く想像していなかった研究手法だったので、とてもビックリしました(坂本)。
Q.バイオロギングを行う際、生き物のどのような性質に注目していますか?
他の動物と比べた時に、対象動物の最も興味深い性質は何なのか(坂本)。
問題は何か、自分の興味はどこにあるのか、全体の方向性はこれで正しいのか、などを把握するために、生物学のロジカルな分類法「ティンバーゲンの4つの問い(検索してください)」を常に意識しています。機構、機能、発達、系統のうち、バイオロギングでは機構(メカニズム)と機能(適応)の研究が多いです。個人的には「発達」が好きで、カツオドリを雛から育てて刷り込みしてロガーを装着したり、海鳥の幼鳥の珍しい行動(山越え)を研究したりしています。(依田)
Q.バイオロギングで使用する、動物につける調査機はどんなものが使われているのですか?また、それはどんな違いがあるのですか?(動物への影響や、機能など)
潜水深度、環境温度(気温や水温)、遊泳速度、加速度、地磁気、水平位置(GPS等)、音響、体温、心拍、映像など様々なパラメータを計測できます。オールインワンのものは存在しないため、組み合わせて使うことが多いです。記録計のサイズは電池のサイズに依存しており、長期間記録しようとすると記録計のサイズは大きくなる傾向があります。体の大きな動物(アザラシなど)には比較的大きなサイズの記録計を装着することができます(岩田)。
高橋晃周 & 依田憲 (2010) バイオロギングによる鳥類研究(総説)日本鳥学会誌 59, 3-19.を御覧ください。日本語で、無料で読めます:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjo/59/1/59_1_3/_article/-char/ja/(依田)。
バイオロギング1、バイオロギング2(日本バイオロギング研究会編、京都通信社)にも詳しく書かれています。(木村)
いろいろな会社がいろいろな機器を作っています。それぞれの機器に長所と短所があります。形、サイズ、電池の容量、センサーの種類、精度など、全てが完璧な機器はないです。電池を大きくすれば記録時間は伸びるがサイズが大きくなって小型の動物に付けられない。GPSを1秒に1回記録するようにすると動物の位置が細かく分かるが電池の消耗が激しくなってしまう、などということです。目的にあわせて妥協できる部分を決めて最適なものを選ぶ必要があります。(上坂)
Q.バイオロギングが調査対象動物にストレスを与えることはないのでしょうか?
あります(というより、与えるストレスがゼロであることは無いです)。ストレスを与えることは動物にとって当然よくありませんし、「自然な」データを得たい研究者にとっても望ましくありません。そのため、動物に装着する機器を可能な限り小さくしたり、遊泳時の抵抗を増大させない形状にしたり、動物を捕獲する際のハンドリング方法を工夫したり(捕獲時間を短縮するなど)、種ごとにさまざまな工夫を行っています。また、ストレスや機器装着による悪影響を測り、評価することも重要です。例えば鳥類では、ロガーを装着した個体と装着していない個体の生存率や繁殖成功率、各種行動を比較して、両者の間に差がないのか、どの程度の差があるのかなどを確認します。ロガー非装着個体の離れた場所(例えば水中)での行動を記録することは原理的にできないので、大/中/小さまざまな大きさのロガーを装着した個体の行動を比較し、ロガー非装着個体の行動を推定することもあります。また、ストレスは外面に現れないかもしれません。そこで、心電図ロガーを装着し、ロガー装着やハンドリングによる心拍数の増加を調べることもあります。例えばオオミズナギドリという海鳥は、ロガー装着後に巣に解放されても、心拍数が平常に戻るまで90分かかります。こうした情報を総合的に用いながら、慎重にバイオロギング研究は進められています。(依田)
Q.バイオロギングによる研究で、どの分野(地上、海中など)のどの領域をより深く解明していけると思われますか?
空間的な意味で、どの場所と言うよりは、経時的に動物を観測し続ける、という点でバイオロギングは威力を発揮すると思います。今は、個人のスマートフォンを丁寧に調べれば、その人のプライバシーの多くの部分を推定することが出来てしまいます。プライバシーを記録する動物用のスマートフォンがバイオロギング、という感じでしょうか(坂本)。
どちらにも同じように可能性はあるのではないでしょうか。若い皆様の今後の頑張りにかかっています!!(木村)
Q.深海用のバイオロギング装置は存在していますか?
クジラ、アザラシ、ウミガメなどに適用されていると思います。(木村)
水生生物用のバイオロギング機器にはだいたい耐水圧が記されています。数mしか潜らない生き物用のものもあれば、クジラなど水深1000m以下の場所でも使えるものもあります。(上坂)
Q.バイオロギングに使う機器は最小でどの程度の大きさですか?
別の質問のところで依田憲さんが回答されていますが、アリにRFIDタグを装着して、その行動を調べるといった研究もおこなわれています。 https://www.meiji.net/it_science/vol313_hiraku-nishimori (坂本)
技術革新により、さらにどんどん小さくなると思います。(木村)
Q.バイオロギングに使われる道具は自分たちで開発するのですか?
自分たちで開発する場合もあるし、既存のものを使う場合もあります(それは先人が開発したものですが)。また、道具開発が重要だ!と一念発起し、起業してモノづくりに励む元研究者もいます。例 バイオロギングソリューションズ社(木村)
Q.僕は今、工学部に所属しており、魚ロボットの研究室に進学予定です。 これを使い動物に寄り添う探査を夢見ているのですが、テーマとしては難しいでしょうか?
コウテイペンギンに警戒されずに近づいて個体識別タグ(RFIDタグ)の情報を読み取るために、ロボット(ローバー)を使うことが効果的だと報告したフランスチームの論文があります。https://www.nature.com/articles/nmeth.3173
魚ロボットもアイデア次第でさまざまな研究テーマに使えるように思います。(高橋)
魚ロボットで動物を調べるなんて、とてもワクワクする研究なので、ぜひ実現させてください!(坂本)
めちゃくちゃ面白そうです。難しいかも?と皆が思うところにこそ伸びしろがあると思ういます。(木村)
Q.野生動物に装置などを取り付けたり外したりするのはどのように行っているのですか?また、一度にどのくらいの個体の記録をとるのですか?
装着方法は動物によります。やや専門的ですが、「海鳥のモニタリング調査法(綿貫豊&高橋晃周、共立出版」に海鳥類の詳しい調査法が説明されています。当研究室では1年に100-200個体からデータを得ます(依田)。
対象種によっても大きく異なります。鯨類で200個体/年は激ムズ。バイオロギング1、バイオロギング2(日本バイオロギング研究会編、京都通信社)にも詳しく書かれています。(木村)
魚類の場合、最近はデータロガーが安価になってきたことから、沢山放流して、あとは漁業者の方が漁獲(再捕)するのを待つ、「数打ちゃ当たる作戦」が多くなってきました(奥山)。
Q.現在の技術でバイオロギングでは追えないが飼育下なら観察可能なデータにはどのような物がありますか?
野外で観察すればわかりますが、動物の臭いや視線など、重要そうなものがたくさんあります。バイオロギングで記録できるのはごく一部です。逆に、バイオロギングでしか記録できないものもあります。(依田)
動物が感じ取っていて、機械で検出できないパラメータはまだまだあるように思います。バイオロギングではセンサにより決まるデータ、閾値以上の値のデータしか取れないので、飼育でも明らかにできる行動、生態はたくさんあるのではないでしょうか。(木村)
細かい動物の仕草とか。現在のバイオロギングで記録できるのは本当にごく一部の事柄だけです。バイオロギングの強みは、限られた情報だけど、自然界で生きている動物から直接、情報が得られることです。飼育下の動物のバイオロギングであれば、24時間、切れ目なく、自動で記録できるという点でしょうか(坂本)。
Q.どのような経緯、目的で現在の研究をすることになったか詳しく伺いたいです。また、研究成果が動物園などの施設で活用されているのかが気になります。他の活用方法もあれば知りたいです。
自然環境下で生息している動物を人間社会に持ち込んだのが「動物園」、人間が作った装置を野生動物に持ち込んだのが「バイオロギング」かな、と思います。動物の自然の状態の行動を知ることが出来るので、例えば、動物を守るための自然保護区の場所を決める時にバイオロギングは大いに役立ちます(坂本)。
学生の場合は、研究の始まりは研究室に入ったときに先生からきっかけをもらうパターンが多いと思います。ですがもちろん、自分で研究計画を持ち込む人もいます。そして、仮に先生にきっかけを貰ったとしても、そのきっかけから課題を考えて方向性や着地点を決めるのは自分です。動物園などでの活用に関しては、野生動物の知見を動物園に還元することももちろんあると思いますが、動物園の動物に機器を装着して環境エンリッチメントに役立てるという例のほうが多いのではないかと思います。動物園の動物が必ずしも野生の動物と同じようにふるまっているかどうかは分からない、というのも一つの研究課題と言えます。(上坂)
積極的にバイオロギングを活用しようとしている動物園もあります。例えば、山本誉士さんの成果:https://www.meiji.ac.jp/osri/topics/enrichment_award2020.html (依田)
私の場合は、ご縁とタイミングで研究対象が決まりました。先生がたまたまスナメリ調査の参加者を募集していたので手をあげ参加し、その流れでスナメリの研究をすることになりました。本当は大型のクジラがかっこいいなあと思っていたのですが、研究を始めてみると魅力にハマりしました。今思うと、何の動物で研究をスタートしていても、そこに謎がある以上楽しかったのではという気もします。動物園での活用については、依田先生ご回答の通り、麻布大学の山本誉士先生が積極的に進めていらっしゃると思います。(木村)
Q.私は社会学を専攻しているのですが、バイオロギングによって得られるデータは生物学的なものだけでなく、動物と動物との社会的な相互関係のように文系的な研究にも結び付けることは可能なのでしょうか?
動物と人間の、でしょうか。害獣や害鳥との関係や、漁業と海洋生物の関係など、ヒトと野生動物の各種問題を解決するためにもバイオロギングは使われています(依田)。
もちろん可能だと思います。文理融合、学際的な研究はたくさん行われていますし、これから益々盛んになると思います。(木村)
動物の個体同士の社会的な相互作用についての研究は、行動生態学あるいは社会生物学といった分野で研究されています。それらの研究分野でもバイオロギングで得られたデータが使われています(坂本)。
日本では害鳥、害獣といってもせいぜいゴミを荒らされたり、たまに人が襲われたりする程度ですが(生態系破壊というもっと大きな話はいったん抜きにして)、海外ではゾウに家屋を破壊されたり、猛獣に殺されたりといった問題がまだまだあります。密猟もその背景には貧困などの社会問題があります。動物と人が適切な距離を保ちながら共存するためには彼らのことを知る必要があり、そのときバイオロギングはとても大きな力になると思います。というわけで、”文系的な”研究に結びつけることは可能どころか必要不可欠だと思います。(上坂)
Q.どのようにバイオロギングを使うと、人間と動物がより適した環境で生きていくことが出来るようになるでしょうか?
人間と動物の軋轢の原因の一つは、野生動物の行動や生態を予測する事が困難であるためだと考えています。例えば、人類は台風を減らす事は出来ていませんが、台風(の進路など)を予測する事は出来るようになりました。こういった気象学の発展によって、人間は天候の変化に適応して生活しています。バイオロギングによって、動物の動きを予測する事が出来るようになれば、人間と動物の共存に役立つだろうと考えています(坂本)。
人と動物、双方のより良い未来はバイオロギングに限らず、色んな手法、手段でもってみんなで考えていくべき大きな課題です。動物も一種だけに着眼しがちですが、多くの生き物が絡み合って生態系を構成しているので、とても難しい問題だと思います。回答になっておらずすみません。(木村)
Q.バイオロギングで得られたデータを生態系の把握及び管理に生かす(商用利用も視野に入れる)には継続的に調査をする必要があると思います。そういった目的にバイオロギングはどのくらい有効でしょうか?また、恒久的かつ安定的にデータを得ることはどれくらい現実的でしょうか?
ご質問の通り、数年程度のデータでは、生態系や地球環境の中長期的な変化や、それに対する野生動物の応答はわかりません。私の研究室でも、15年近く毎年データを取り続けて、ようやく見えてきたことも多いです(が、それでも足りません)。恒久的かつ安定的にデータを得る手段は現状無いですが、様々な努力をしています。(依田)
例えば、ウミガメや海鳥など、長寿命の動物の生活史を明らかにしたり、地球温暖化のように数十年以上におよぶ環境変化に対して、生態系がどのように応答するのかを調べる為には長期間の調査が必要不可欠です。しかし、いかにして調査を長期間実施するのかについては、全ての生態学者が頭を悩ませています。私自身も長期間の調査を継続するために、あの手この手で予算獲得に励んでおります。例えば、東大内のクラウドファンディングで、広く国民の皆さんから寄付をいただくという試みも行っております。予想以上に予算を集めることができており、今後の重要な研究資金になりそうな気がしています(https://utf.u-tokyo.ac.jp/project/pjt126) 。一方で過去に取得したバイオロギングデータが雲散霧消してしまわぬよう、誰もが多様な目的に使えるようフォーマットを整えたデータを集積・公開していくことも、予算獲得と同程度に重要だと思っています。シンポジウムのテーマ講演(11月25日午前)で紹介するBiologging intelligent Platform (BiP)はそれを目指したプロジェクトです。BiPに保存されているデータを必要とする人々を増やし、このシステムを持続可能な形で維持・発展させていきたいと考えています。(佐藤)
生態系の把握・管理において、長期の変動(例えば環境変化)に対する生態系の変化を明らかにするには、継続的な調査は必要だと思います。そして、その中で生物個体の行動的応答や生息域の変化を明らかにするためには、バイオロギング手法は非常に有効だと思います。ただし、このような調査を恒久的・安定的に実施することが現実的かどうかは、非常に難しいところです。現状、バイオロギング調査は費用が掛かる研究手法ですので、長期のモニタリングプロジェクト(極域観測 等)でないと難しいと思います。バイオロギングで得られるデータは、デジタルデータで、相互利用性が非常に高いものですので、過去のデータと比較することで、過去からの変化は明らかにできると思います。毎年個体数はわずかであっても、長期で調査を積み重ねることで膨大なデータになると思いますので、そのようなデータは生態系の把握・管理に貢献できると思います。(奥山)
南極などでは海洋保護区の設定範囲を決めるための基礎データとしてバイオロギングデータが活用されています。世界の様々な国の研究者がデータを持ち寄って、取り組みを進めています。https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20200330.html (高橋)
バイオロギングは、現状電池などの制約でデータ取得期間がそれほど長くないので、バイオロギングで継続的なデータ取得を考える場合、繰り返し調査をし続けるしかないのかもしれません。どのような研究であっても調査にはお金と人が必要なので、研究資金をできるだけ長期的に、長期間得たいなと思うとともに、やる気のある学生さんがどんどん入ってきてほしいなと思います!(木村)