大きく広がるバイオロギングサイエンスの可能性


野生動物の研究は、これまで主に野外での目視観察に依拠してきました。しかし、野生動物の移動能力は人間の観察可能範囲を容易に超えるため、その全体像を把握することは困難でした。加えて、体内の状態など外からは見えない情報については、観察そのものが不可能に近い場合もあります。

こうした限界を突破する手法として注目されているのが、バイオロギングです。野生動物に小型の記録計(データロガー)を装着し、人間の目では追いきれない行動や生理的変化を記録することで、これまで見えなかった世界を明らかにしようとしています。

スマートフォンに代表される電子技術の高度化は、記録計の超小型化を可能にし、哺乳類・鳥類・魚類・昆虫類など、さまざまな生物への装着と計測を実現しました。加えて、加速度・温度・光・音・位置情報など、多様なセンサ利用が進み、バイオロギングの可能性は飛躍的に広がっています。

さらに近年では、AI(人工知能)を搭載したデータロガーの開発も進んでおり、複数のセンサが相互に連携しながら、より高度な解析や選択的な記録を行うことも可能になってきました。バイオロギングは、まさに「動物の目線から自然を記録する」革新的な技術として進化を続けています。

野生動物の行動


動物達の行動の仕組みを解きあかす

光の届かない深海、先の見えない密林、簡単には手に入らない獲物──。野生動物は、私たちの想像を超える過酷な環境のなかで、日々の行動を選択しています。

これまで明らかにされてこなかった、そうした状況下での行動の全貌が、バイオロギングによって少しずつ見えてきました。たとえば、動物たちがどのようにして獲物を探し出すのか、風や海流といった自然の力をどのように利用して移動しているのか──それらは、動物に装着した小型センサによって得られる精緻なデータから明らかになりつつあります。

バイオロギングは、目視では届かない環境における行動の「記録」と「解明」を可能にし、動物の知覚や意思決定の理解に新たな光を投げかけています。

野生動物の生理状態


体内の不思議を探る

野生動物は、過酷な自然環境において、行動だけでなく生理機能も巧みに適応させています。バイオロギングはその「見えない反応」に光を当ててきました。

たとえば、ペンギンが潜水中に心拍数を下げることで長時間の潜水を可能にしていることや、サケが産卵の際に一時的に心臓の拍動を止めていることが明らかになっています。こうした発見は、実験室では捉えきれなかった野外でのリアルタイムな生理データの記録によって、初めて得られたものです。

バイオロギングは、動物の体内に秘められた生き抜くための仕組みを、今まさに明らかにしつつあります。

野生動物の社会行動


個体間の関係に迫る

バイオロギングは、個体に装着することでその行動や生理を詳細に記録できる点に強みがあります。しかしその一方で、群れや集団全体の動きや社会的相互作用を捉えることは、これまで困難とされてきました。

ところが、複数の個体に同時にロガーを装着する手法や、映像ロガー、さらには個体同士の接近を検出する「近接ロガー」などの登場により、状況は大きく変わりつつあります。たとえば、ペンギンの群行動や、アリの複雑な社会行動(小さな動物にはRFIDタグや二次元バーコードを貼り付けます)といった、集団の中での個体同士の関係性や役割分担が、これまでにない精度で明らかになりつつあります。

バイオロギングは今、個の記録から「関係性の科学」へと、その領域を広げているのです。

海洋の生物環境・物理環境


野生動物に環境について教えてもらう

バイオロギングは、野生動物の行動を明らかにするだけでなく、その行動を通じて彼らが生きる環境そのものを知る手がかりにもなります。

たとえば、ペンギンに装着した映像ロガー(ビデオロガー)は、ペンギン自身の行動だけでなく、彼らが捕食するオキアミやイカ、クラゲの分布や行動までも記録します。こうした記録は、生物相の構造や変動を捉えるうえで貴重な情報となります。

また、動物の移動軌跡を分析することで、彼らが受けている風や海流といった物理環境を逆算的に推定する研究も進んでいます。風を利用して飛ぶ海鳥や、海流に乗って泳ぐ動物たちの動きは、それ自体が遠隔地の風況・海況データの「生きたセンサー」になり得るのです。こうしたバイオロギング由来の海洋物理データは、BiPで公開されており、研究や保全に広く活用されています。

高次捕食動物の目線を通じて、リアルな環境構造と生態系のダイナミズムを捉える新しいアプローチが、いま始まろうとしています。

野生動物との共生


保全する・軋轢を解決する

バイオロギングを用いて野生動物の行動範囲や移動経路を明らかにすることで、適切な保全区域の設定や、野生動物に配慮した発電施設・インフラの設計が可能になります。生態系を損なわずに開発を進めるための「根拠ある配慮」が、ここから生まれつつあります。

また、農村や里山で頻発する野生動物と人間との軋轢についても、バイオロギングが解決の糸口を示しつつあります。現在は主に位置情報の把握にとどまっていますが、近い将来には、リアルタイムでの追跡・接近の通知・行動誘導など、野生動物との動的なインタラクションが実現するかもしれません。

科学と技術を活かし、衝突ではなく共生へ。バイオロギングは、人と野生動物の新しい関係を築くための鍵を握っているかもしれません。

ネットで読める日本語解説


無料で読める学術記事

バイオロギングによる鳥類研究(高橋晃周、依田憲)日本鳥学会誌(2010)

湖沼におけるバイオロギング研究:個体ベースで解き明かす魚類の行動と生態(吉田誠、馬渕浩司)地球環境(2020)

日本のバイオロギング研究(岩田高志)笹川平和財団海洋政策研究所OPRI Perspectives(2021)

Biologging intelligent Platform(BiP)により実現する バイオロギングデータの共有と海洋の可視化(渡辺ら)日本生態学会誌(2023)